人は彼をカリスマ薬剤師と呼ぶ・・・か? 第1章・高校生の頃





薬学部の受験を思い描きはじめたのは、高校1年の頃。特に、両親が薬剤師だとかそういうわけではなかったが、当時医者に通うことが多く(と言っても眼科だが)、調剤薬局の薬剤師をみているとき、こういう職業も良いかなと考えるようになった。

薬学部についていろいろ調べてみると、受験に関しては結構条件が良かった。というのは、元々数学が得意というわけではなく(これはいまだに不得意)理系の学部を受験するというのは無謀以外の何ものでもないと周囲には思われたが、薬学部は高校2年までの数学しか出題されない。しかも、物理ではなく化学が受験科目になっている点も自分にとっては有利に思えた。

確か高校1年の終わりくらいだったと思う。当時の担任と進路に関する面談があり、その時初めて薬学部を狙っていることを話した。中学までは成績は中の中。良くも悪くもないといった成績だったが、通っていた高校のレベルが大したことなかったので自分は校内では割と上位に入っていた為に、数学担当だった担任の反応も割と良かった覚えがある。

うちの両親はその担任から薬学部受験の希望を聞かされたわけで、家に帰ってから相当驚いていたことを覚えている。恐らく、文系の学部を受験するものだとばかり考えていたのだろう。本人だって、元々はそのつもりだったのだから。

実は高校受験で失敗しており、通っていた高校はすべり止めに受けたところだった。入学当初から大学受験をするためには予備校に通うか何かしない限り絶望的だと思っていたので、高校2年の時に早稲田塾に通うようになった。理由は単純。パンフレットがなんとなく予備校っぽくなく、2ヶ月の月謝制だったので親を説得しやすかったのである。

そこで、早稲田塾に通い始めることになる。ところが、当時の自分は甘かった。塾に通っていさえいれば大学に行かれるという幻想を抱き、今から思えばロクに勉強をしていなかった。もっとも、高校の授業があり、その上で受験勉強をしていたわけだが河合塾の模試を受けても薬学部はすべてE判定。受けるなと言っているようなものである。

当時の勉強は塾の授業をただこなすだけ。英語に限っては予習をしていたが、長文を適当に訳し選択肢も勘を頼りに選ぶという有様。まぁ、構文をつかんでから訳していく練習にはなったので、それなりには役にたったが、それだけでは薬学部に受かるほどの実力はつかない。数学は授業で使うテキストの問題はまったくわからず、授業の板書を写し、復習と言ってもノートを眺めるだけ。他の問題集をやりわからないところを仲の良い先生に質問しに行ったりしていたが、なかなか出来るようにはならなかった。今から思うと、数学の問題集を解いていったのは勉強法としては間違っていなかったと思うが、やる量があまりに少なかったのと、出席している授業はほとんど役にたっていなかったのが時間の無駄になっていたと思う。

化学に関しては、当たった講師が最悪だった。何しろ、まともな説明をせず、ただただ暗記。ルーズリーフを半分に折った暗記ノートはたくさん出来たが、理論化学に関しては計算はほぼ全滅。無機・有機化学が多少出来るようになった程度。あのころ、予備校を変えていたら少しは結果が違っただろうかと思う。

そんな壊滅的な状態(ちなみに当時は英語50程度、数学45程度、化学45程度というお話にもならない偏差値)で受験に突入。しかも、「下手な鉄砲も数うちゃ当たる」作戦であっちこっち受けたものの全滅。受験料はすべて無駄になりました。(我ながら親不孝だね。本当に。)

本人にしてみればある程度予想された事実。浪人決定と同時に予備校探しとなり、選んだのは駿台予備学校。この選択は吉と出るか凶と出るか・・・

第2章は、駿台生の頃についてです。


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